レーシックの病院の選び方 失敗と成功をした場合の20年後の結果
私は小学生の頃迄は視力は良かったです。
しかし中学生になると視力は下がりました、この時既に0.1もありませんでした。
学生時代はメガネで過ごしましたが、社会人になってコンタクトレンズを使う様になって「やっとメガネの煩わしさから解放された」と思ったものでした。
それからはコンタクトレンズの生活が日常になり、それがあたり前だと思っていたのですが…
30歳の頃ダイビングにハマリました♪
海の中の世界は美しく毎週の様に潜りに行っていました。
その頃ライセンスを取るのにお世話になったインストラクターに「コンタクトレンズで潜るのは危険ですので止めてください」と言われました。
なのでマスクを度付きの物にしていたのですが、外すと何も見えないので不便で仕方がありませんでした。
何か良い方法は無いかなぁ?
と思っていると当時最新の近眼手術であったレーシックがあるのを知りました。
多分まだ日本に入って来たばかりだったと思います。
友人に相談すると、「10年20年後の結果が出ていないものはやらない方がいい」とゆう答えでした。
正当な言葉だったのですが…
あの時人の意見を聞けなかった私は、不便なマスクから解放されたい一心でレーシック手術を受ける事に決めました。
その頃渋谷にあった植田眼科
あとに思うと患者さんは私の他に誰も居なくて静かな病院でした。
しかし手術する気満々だった私は一通りの説明を聞いて何も疑う事なく施術を受けました。
次の日視力が上がっていたのは本当に嬉しかったです!
でもしばらくすると、左の黒目に白い濁りが出てしまいました。
まだまだ見た目を気にする年頃だったので、再手術をお願いすると「出来ない」との答え。
これって失敗なんじゃないの?
悲しくなりましたが、懲りない私は再手術をしてくれる病院を探しました。
錦糸眼科とゆう所にたどり着きました。
この病院は患者さんの数が凄かったです、始めからここに来ればと後悔したのを覚えています。
診察してくれたのは矢作先生とゆう方でした。
どこの病院で手術したか聞かれたので答えると「前に彼に手術の技術を教えて欲しいとお願いされたんだけど、断ったんだよね」
とゆう衝撃的な話が!
ではあの先生は何処で手術のスキルを勉強したのでしょう?
怖くなってしまいました。
この病院で目の検査を改めてしてもらうと、再手術は出来るとゆう事でしたので不安はありましたが受けました。
黒目の白い濁りはキレイになりました。
でも視力は右目ほどは回復しなかったです。
多分これ以上は角膜をいじれないだろうと思った私は現状で満足する事に決めました。
それでもコンタクトレンズからも度付きマスクからも解放された私は本当に嬉しかったです。
約20年経って何回目かの免許の更新
今回視力検査はパス出来ませんでした、
免許に眼鏡使用の文字が入りました。
でも日常生活は今でもメガネなしで過ごしています。
100%満足のレーシック手術ではありませんでしたが、約20年間自動車の運転もメガネなしで出来た事は良かったと思っています。
あとになってググってみるとレーシックの手術の失敗の記事沢山ありますね💧
ですので人に勧められるものではありませんが、やはり裸眼で生活出来るのは快適です。
今はあの頃よりも最新の技術がある様です。
受けようと思っている方は納得のいく迄カウンセリングして、評判の良い先生を探した方がいいと思います。
まとめ
・メガネやコンタクトレンズなしの生活は快適です
・どんな手術でも100%の成功率はありませんが名医探しをお勧めします
私が作った仕事の方法をまとめました!
50代からの時間と場所にとらわれない仕事の方法を私なりにまとめています!まだ書き綴っている途中ですが、メルマガでお金をいただく予定はありませんので興味のある方はお気軽にご登録くださいませ^ ^
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明日へと続く日々があなたにとってより良い時でありますように。
50代美香のプロフィール
健康だけが取り柄と思っていた私でしたが、2016年にまさかの手術と入院生活。
約3ヶ月の不自由さを体験して、自分の好きな事が出来る時間と自由を求めて一念発起!
忙しさにかまけてずっと会っていなかった、お世話になった方々の顔をいつでも見にいける様になりたい。
元気と気力と体力があるうちに、いつか行こうと思い前から先延ばしになっていた大好きな旅行がしたい。
人生後半、もっとより良い時を過ごしたい!
より潤いのある生活を大好きな人と一緒に楽しみたい!
私の望みが次々と…
その思いをリアルにすべく私なりに行動して勉強しつつ、信頼ある方にも相談して今に至っています。
自分の健康年齢がいくつ迄なのか気にしつつも毎日明るく生きてます(^_^)